川端裕人さんの「みんなのPTAを探して」(「婦人公論」連載:2007/4〜2008/3)のバックナンバーを「ブログ版」として公開しています。(著者公認)
 はじめていらっしゃった方は、まずは著者本人の「ごあいさつ」をお読みください。
管理人:Pさん
 

2007年10月23日

第2回 任意加入≠ェ前提ってホント?


本家関連エントリー
 婦人公論のPTA連載第2回、任意加入のこと (2007.4.21)
 任意加入が前提って本当?(婦人公論連載PDF第二弾) (2007.10.15)

 ぼくが強制加入が気にかかるのは、単に間違っているからというわけではなく、それが「不寛容」だからだ。本来、個々人が選択するはずのものがいつのまにか義務だと信じられ、人を追い詰める仕組みの根幹に「強制加入」があるのではないか。

■ 自動的に引き落とされる会費


 保護者として、つまり、会員としてかかわるPTAでの、最初にして最大のカルチャーショックは、強制加入(自動加入)の問題だった。

 PTAは「親と教師の会」であり、同じ志を持った者が集まった自主的団体のはずだ。ところが、参加の意思も問われず、入会届を出すこともないまま、いつの間にか会員になっていた。
 おまけに、給食費のためにつくった口座から会費が自動的に引き落とされる(当時)。口座を作る時の案内にその旨書いてあったのかもしれないが、入会した認識がなかったので目に入らなかった。いずれにしても、暴力的に感じてしまう。

 考えてもみてほしい。この世の中で、なにかの団体に本人の意志とは関係なく所属させられることがどれだけあるだろうか。「結社の自由」など基本的人権にかかわることなので、よほどの理由がないと「強制加入」は認められないはずだ。いや、別にそういう理屈ではなく、とにかく、非常に息苦しいし、胸が痛い。

 胸の痛みについてのささやかな具体例。

 PTAに入ると、日本PTA全国協議会(会員1100万人)にも自動的に属してしまう。この団体は毎年、テレビ番組の「ワースト」(子供に見せたくない番組)を発表する。その中には『クレヨンしんちゃん』が含まれるが、ぼくは「しんちゃん」が好きだ。映画の『モーレツ! 大人帝国』など感涙ものであり、ぜひ子どもと一緒に観たいし、実際に何度も観ている。それをワーストに選ぶ側に、自分で決めたわけでもないのに立たざるを得ない……。
 あまりにも些細だと思われるかもしれないし、実際、適切な例ではないかもしれない。でも、胸が痛くてならない。

 PTAの「先輩」に相談しても、聞いたこともないと首をひねるばかり。そんなこと考える方がおかしいと言われたこともある。これがPTAの壁ってやつか。

 解せないのは、こういう仕組みが、なぜ当たり前のように続いているのかだ。もはや、無関心ではいられない。ただ「強制」であるだけで、何か大事なものを売り渡したような気持にさせられるのだからたまらない。ちゃんと、調べてみるしかない。

■ 網羅的な機械的参加?


 当時ぼくがしたことといえば、まずは、現代のお作法、ネット検索。 日本のPTAの「全国組織」、日本PTA全国協議会が創立50周年(平成十年)を迎えた際に書かれた『日本PTA50年の歩みと今後の展望』という論文を見つけた。その中にこのような記述がある。

 ……PTAの組織編成について絶えず議論になってきたのは、親の網羅的な機械的参加の在り方であった。有志による自由な参加が、会としての自主的で活発な活動をもたらす源であるから、保護者全員参加制は廃止して、意識の高い人のみで再出発すべきとの論が常にあった。

 しかし、現実に父母の全員参加という組織編成がほぼ完全に定着している現在においては、その議論は現実的とはいえない。その場合、現実には、おそらくPTA自体の衰退につながることが予測される。むしろ、参加形態よりも、参加後のPTA会員の意識の深まりのなさ、活動の不十分さの方を問題にすべきであろう。

「網羅的な機械的参加」(意志を問わない全員参加は、しばしば「強制」である)はすでに定着しているのだからいいじゃないか」という見解だ。しかし、「参加後のPTA会員の意識の深まりのなさ」というのは、自分で選んで会員になった自覚がないことも関係するだろうし、やはり納得できない。何かが間違っているし、どこかで捻れている。

■ 不寛容≠ヨの違和感


 さらにネットで深く「ぐぐる」うちに、東京都小学校PTA協議会の掲示板を見つけた。誰でも書き込めるオープンな運営で知られており、まさに「いろんな人がいろんなことを言っている」。3年前にもすでに強制加入問題をめぐるやりとりがあって、時に沸騰し、感情がぶつかり合っていた(今も事情は同じだ。興味のある方は、この沸騰具合をぜひご確認を)。

 議論のパターンは、ざっとこんなふう。

 まず、PTAの強制加入に疑問を持っている人が、掲示板に書き込む。それに対して、事情をよく知っている人が、「任意団体であり、入らなくてもよいし退会もできる」と情報を伝える。とはいえ、実際のところは事実上の「強制」であるPTAが多いわけで、建前と現実の間で色々な立場からの意見が出る。しばしば「PTA不要論者」もあらわれて火に油を注ぐ。議論は時として何ヵ月にもおよび、結論は……出ない。出るはずもない。読むだけでかなり体力を消耗する非難の応酬に陥ってしまうこともある。

 ここでは「強制加入はどう考えても違法」であるとか、「入会の時に申込書を書く『健全』なPTAもある」といった情報が共有されており、大変好ましいのだが、「ならば変えていこう」という意見はあまり見ない。原因のひとつは、ここでPTAに批判的な論者には「やめたい人」や「疲れ果てている人」が多いからだろう。これまでの活動でトラウマを植え付けられてしまっており「自分が変える」という方向には発展しない。

 いずれぼくも、こういうふうに追い詰められて「やめたい」と思うのだろうか。さいわい3年前も今もやめたいとは思っていないけれど、身につまされる。

 ともあれ、ここで自覚したことがある。

 ぼくが強制加入が気にかかるのは、単に間違っているからというわけではなく、それが「不寛容」だからだ。さっき引用した日本PTA全国協議会の文章でも、強制参加を是とした上で、PTAの活動の不十分さを問題にしていた。これは、言い換えれば、好きで入ったのでもない者に対して「もっと活発に活動せよ」と言っているの同じだ。本来、個々人が選択するはずのものがいつのまにか義務だと信じられ、人を追い詰める仕組みの根幹に「強制加入」があるのではないか。掲示板の中で「やめたい」と叫んでいる人たちは、その「不寛容」の犠牲者だ。

 ぼく自身、任意であるからこそ入るのだと言いたいし、また、どうしてもやりたくない人はやらずに済むようであってほしい。それができないPTAなんて、いかに目的や活動が立派だったとしても、空々しい……掲示板を見てどんよりした気分になった。

■ 教育委員会の見解は?


 思いあまって、世田谷区役所に電話した。PTAについての情報を知りたいと述べると、教育委員会事務局の社会教育主事さん(PTAを含む社会教育関係団体に専門的・技術的な指導・助言をする担当)につないでくれた。ぼくの「悩み」について、「それはよくある疑問です」と穏やかに述べ、たまたまぼくの住む町に来る用事がある時に、時間を取ってくださった。

「PTAは任意加入で、原則的には自由に入退会できます」と主事さんははっきり述べた。差し出された『PTAのしおり――みんなで学ぶPTA』という小冊子は、世田谷区教育委員会と世田谷区立小学校PTA連合協議会による共著で、冒頭に近い「PTAの目的と性格」というページにこんな記述がある。
 
 会員は─────

 自由加入が原則ですが、PTAの目的や性格を理解して、その学校に在籍する児童・生徒の保護者とその学校に勤務している教師(職員)が、PTAの主旨に賛同し、全員が会員になることが望ましいあり方です。

 あまりにあっけなく、自分の考えと同じことが書いてあった。正直、驚いた。なにも悩むことなんてないじゃないか。世田谷区のPTA連合体と教育委員会も、ぼくと完全に同じ見解なのだ。

 もっとも、「加入に際しての説明や申し込み手続きが、すべてのPTAで、保護者の十分な理解を得ているかというと、必ずしもそうとは言い切れないのが現状」とのことで、そこが悩み多き部分なのだが、理をふまえた穏当な意見に、心底ほっとした。また、任意であることを周知した上での入会システムをきちんと持っているPTAも実際にあるとのことで、意を強くしたのだった。

■ 組織のための会員なのか


 というのが、3年前に到達した認識。以来、自分が属するPTAのみならず、あちこちで議論をふっかけて今日に至る。

 今のところ、ある法則を感じている。

 PTAの中枢に近い活動をしたことがある人ほど、任意加入に抵抗感があり、あまり熱心ではない人ほど、ぼくの考えがすんなり受け入れられやすい。
 熱心な人々からの反応は大きく分けて2通りある。ひとつは「そんなこと考えたこともなかった」(本来は任意だと知らなかった)。もうひとつは「任意加入にしたらPTAが潰れてしまう。潰れなくても、やらない人が出てくると不公平」というもの。

 「知らなかった」というのは、単に知ってもらえばいいのだから、対処は簡単。

 その一方で、「PTAが潰れてしまう」ことを怖れる気持はぼくにはよく分からない。そういう理由で自由な入退会を認めないというのなら、「会員のためのPTA」(みんなのPTA)ではなくて、「PTAのための会員」(PTAのためのみんな)ということになってしまう。

 構成員が網羅的である他の例として、自治体がある(もっともこちらは「合法」)。そこで「都民のための東京都」ではなく「東京都のための都民」と口に出して言ってみる。強烈な違和感がないだろうか。さらに突き進んで「国のための国民」などというと、もっとなまぐさい話になる。

 代表的な反論に、「PTAは会員のためではなく、子どものためにある」というものがある。ぼくも部分的には正しいと思う。なぜって「子どものために」という目的がなければ、このような団体はありえないのだから。とはいえ、その「子どものため」の活動は、必ずPTAで行わなければならないのだろうか。PTAが肌に合わない人が、学校や地域とかかわるやり方は別にあってよいし、さらには、もしも自分の子の面倒をみるだけで精一杯なら、とりあえず足下を固めることの方がずっと大事だ。

 などと述べると、「PTAが弱くなったら、子どもがかわいそう」「やらない人はずるい」とことさら反発をくらうこともあるし、また、なるほど! と膝を打ってもらえることもある。とにもかくにも、ぼくにとってこのことは切実であるがゆえに、機会がある事に口にし続けてきた。

■ 任意加入≠ヘどこにある?


 最近、「実例」を探そうと思い立った。入退会の自由を周知しても(つまり任意加入を謳っても)、別に「壊れる」ことなく、うまくいっているPTAはあるはずなのだ。
 例えば、雑誌『おそい・はやい・ひくい・たかい』(ジャパンマシニスト社)の第10号(2001年2月)「くわばら?おさらば?PTA」(今もウェブサイトから購入できる)。この特集号には、PTAをめぐる読者アンケートの集計結果が掲載されており、その中で、回答者が属するPTAのうち3割以上が「任意参加」だった(95の回答のうち30が任意)。知人に聞いて回れば、どこかで、任意加入のPTAが見つけられるはずだ。

 ところが、だ。見あたらないのだ。顔の広そうな人に聞いてみても、だれも知らない。ブログで情報提供を求めても、ほとんど反応なし。「PTAってどうよ」というエントリにはあっというまにコメントがつくのに、この差はなんだ。
 というわけで心配になってくる。雑誌の調査結果は「たまたま」だったのではないか。ぼくの問題意識は現状において非常識、非現実的なものでしかないのか。

 重要な問題であることにはかわりない。よって、これについては継続審議。みなさん、ご意見や、情報、お寄せ下さい。いずれ、また、この件に立ち戻る。

著:川端裕人
(婦人公論 2007.5.7 掲載)

PDF版注釈
 この文書は、川端裕人が中央公論新社の「婦人公論」誌上にて、2007年4月より1年間にわたって連載した(文書作成時は連載中)、「みんなのPTAをさがして」をPDF化したものです。多くの人に読んでいただくために、ブログ・リヴァイアさん、日々のわざ にて公開することにしました。このままの形であれば、自由に複製・配布してくださってかまいません。
 なお、このPDF版は、入稿時の原稿を元にして、体裁を整えたものです。誤字脱字などの誤りは、多く残っており、また、細かな点で、雑誌掲載時とは違う部分があることはご承知置きください。
川端裕人
posted by Pさん at 17:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
記事中の、「子どもに見せたくない番組」については、ぜひ以下のリンクをお読みになっていただきたいと思います。

「え?私の周りに『しんちゃん』を見せたくないなんていうひと、全然いないんだけどなぁ〜?」
などという疑問が、解消されます。

http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2008/11/post_64ea.html
http://www3.kcn.ne.jp/~tomate/shuho/2008/20081115.html

あぁ、世の中って「誰か」が動かしているのね、などとため息が出てしまいました…。

Posted by Pさん at 2008年11月18日 11:33
ご紹介、ありがとうございます!
有効回答数比3.5%でも1位は1位…脱力しますよね(笑)。
Posted by とまて at 2008年11月24日 21:29
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