川端裕人さんの「みんなのPTAを探して」(「婦人公論」連載:2007/4〜2008/3)のバックナンバーを「ブログ版」として公開しています。(著者公認)
 はじめていらっしゃった方は、まずは著者本人の「ごあいさつ」をお読みください。
管理人:Pさん
 

2007年11月01日

第7回  役員選びは一大イベントなのだ!


本家関連エントリー
 役員選びは一大イベントなのだ (2007.7.8)
 第7回、役員選びは一大イベントなのだ (2007.11.1)


 投書を下さった兵庫県のAさんの体験。

 ある日、家に帰ったら電話が鳴って、「小学校の最後の六年生で当たりました」と相手が言う。いったい何が当たったのかと問うと「これまで一度もPTAの役をしていないのでお願いします」。店があるので出られないと主張しても、「もう決まったので学校で言ってほしい」とのこと。学校に行くとすぐに役決めで、広報委員長になってしまった。Aさんは結果的には広報の活動を楽しまれたそうだが、とはいえ最初に電話がかかってきてから役決めに至るまでの経緯にはさぞ驚かされたことだろう。

 あるいは、ぼくがつい何ヶ月か前、息子のフットサル教室で練習を見ている時、背後から耳に飛び込んできた会話。

「選ばれちゃったのよ……書記だって」
「ぎゃー、まじでー、逃げられないわけ? 小さい子、いるのに、ひどくない?」
「それ、理由になんないって」
「でもさ、なんで推薦されちゃったの?」
「そんなの分かんない!」

 それをぼくの隣で一緒に聞き耳を立てていた、お母さん友達(隣区在住)は、はあっと大きなため息をついて、「目立ったら推薦されちゃうから地味にしてきたけど、ポイントが低いんだよねぇ。来年はやばいなあ」とぼやき出した……。

 これらは全部、PTAの役員選出をめぐる諸々のこと。

 役員決めというのは一大イベントであって、役員選考委員会はそれのみに特化した委員会だ。「役員のなり手がなかなかいない」というのは、日本各地のPTAでほぼ普遍的なテーマのようだから、この委員会の役割は重く、また時に困難だ。

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 役員の選び方について、大雑把にいくつかのパターンを素描してみる。

 一番、平和で牧歌的なの方は、いわゆる「一本釣り」だ。会長など、負担感の大きな役は、この人こそ、というような人物を個別にあたることが今も多いのではないか。また、副会長、書記、会計といったあたりも、「今年はわたしがやったのだから、次はあなたが」というふうに顔見知りの間で回す「仲良しグループ方式」がありえる。これがうまくいくかぎり、一年を通して役員選びに奔走する委員会は必要ないし、現実に役員選考委員会に相当するものがないPTAもある。

 とはいえ、この方式はやがて破綻する。「仲良しグループ」が全員卒業してしまい、後が続かなくなるのだ。これは、最近の若い親が急速にボランティア・マインドを失っているから、というわけではないだろう。「似た顔ぶれ」で回すかぎり、新しい人は入りにくいから、いつかは途切れる時がくる。

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 さあ、困った。次はどうやって役員を決めようか。

 民主的なやり方としては、選挙だ。
 立候補者がたくさん出て、選挙管理委員会が厳正な選挙を実施し……というようなのものが理想だろう。

 でも、残念ながら、それはあまり聞かない。念のため「PTA+選挙管理委員会」や「PTA+選挙委員会」で検索したら、いくつかの情報がヒットした。なるほど、選挙をしているPTAはあるにはあるのだ……。とはいえ、よくよく読んでみるとイメージとは違う。候補者は立候補ではなく、推薦で選ばれる。そのため推薦委員会なるものまである。立候補者から選ぶという意味での役員選挙は、たぶん今の日本のPTAでは現実的ではないということなのだろう。

 実際に行われている役員選びで、多く聞くのは「推薦方式」だ。さきほども出てきた「推薦委員会」(役員選考委員会の一種だと考えてよい)は、多くの場合、選挙ではなく、「互選会」に候補者を送り込んで、話し合いで役員を決める。冒頭で紹介した兵庫県のAさんやフットサル教室で耳にした話もこの方式だろう。

 推薦の仕方はそれこそ多種多様でありうるが、ぼくが知る限り「推薦カード」なるものを会員に配って(むろんカードである必要はないのだが)、相応しいと思われる人を挙げてもらうことが多い。そして、推薦数が多い順から「やってください」(互選会に出てください)と声を掛けていく。推薦された側が断る理由として「仕事をしている」「下の子が小さい」くらいでは弱いらしい。

 互選会では、いわゆる本部役員のほかに、広報委員長、文化厚生委員長といった、専門委員会の委員長も一緒に決めてしまうこともあり、冒頭のAさんのPTAがその方式だ。「役」の数が増えるので、互選会に出席すると何らかの役に就く可能性が高くなる。もっとも、本部役員の人数自体、PTAによってかなり違うので一般論では語れないのだが。

 様々なやり方の中で共通するジレンマは、最初の候補者選びが「推薦」なので、本人の意志を問えないことだろう。選ばれた側にすれば、青天の霹靂なわけだ。
 だから、推薦の時期になると、保護者会員たちは、戦々兢々とし、中には「今年は○○さんに票を集めよう」などと策謀をする人たちが出てきたり、その中で、裏切り、裏切られ、といった妙な人間関係の歪みへと発展することもある。

 もっとも人間とは実に柔軟にできていて、ひとたび「選ばれた」ことを受け入れてしまえば、「どうせなら楽しく」と前向きに捉え、Aさんのように実際に楽しんでしまう人は多い。またそれをきっかけに、PTAに対する意識を新たにしたり、地域活動に目覚める人もいる。

 だから悪い面ばかりではないのだが……とはいえ、やはり引っかかる。本人の意志ではなく「やらされる」形式で決まってしまいがちな仕組みなわけで、民主組織を標榜するPTAの役員決めとしてはちょっと切ないのだ。
 
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 じゃあ、推薦などせずに、候補者を話し合いで決めればいいじゃないか。学級PTAで一度集まって役員候補を出し、その上で候補者を集めて互選会を行う。この方が「不本意な候補者」を作らないという意味で良いように思える。

 ただ、理屈の上ではよくても、実際には困難が多い。

 やはり、立候補する人が少ない以上、話し合いを持っても「じゃあ、わたしが」というふうにはなりにくい。延々と終わらない会議を何時間も続けざるをえなくなったり(五時間続けて決まらずに、後日ふたたび開催した体験談を聞いたことがある)、沈黙に耐えきれない人が「ハイ!」と手を挙げるという現象が続発する。
学級PTAでの役員候補決めや、互選会を「人生最悪の会議体験」と言う人に会ったのは、一度や二度ではない。強烈なトラウマを植え付けられて、二度と出席したくないと断言する人もいる。

 結局、「話し合い方式」は、「推薦方式」では推薦された個人に集中するストレスを全員に広げて、変な意味で平等にしているだけかもしれないのだ。
 
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 もっと「公平」な役員選びはないのか。「沈黙に耐えきれず手を挙げる」人や、「毎年、推薦される人」にだけしわ寄せが行くのではなく、ほかの人にもかかわってもらう方法。

 ポイント制度は、そういうところから発想された(のだと思う)。息子のフットサル教室に一緒に通っている隣区在住のお母さん友達が「ポイントが低い」と嘆いていたのはまさにそれだし、世田谷区内でぼくが知っているいくつかのPTAも、ポイント制を採用している。

 具体的には、役職を勤め上げるごとにその役に相当するポイントを会員に与えて加算する。ポイント表をネットで公開している品川区のある小学校PTAでは、役員が15点、学年・学級委員が8点、ほかの委員会が5点で、委員長になるとさらに3点が加算される。卒業までに集める目安は20ポイントだ。

 ぼくが聞いたかぎりでは、こういう制度を導入すると、「いろいろな人がかかわる」ということにおいては一定の成果があるようだ。ポイント制のPTAに属するある友人は、入学して最初の委員・係決めの時、意中の委員会に次々と「やりたい人」が立候補して、割り込めなかったとぼやいていた。あとから聞くと、「低学年のうちに委員会をすると、責任は小さくてもポイントは同じ」という発想なのだそうだ。とにかく、ポイント制は、よいインセンティヴになる。

 でも、ぼくとしては複雑な気持ちだ。ポイント制が有効なのは、目下、PTAが義務だと信じられているからだ。やってもやらなくてもいいのならわざわざポイントを集める必要もないだろう。ぼくは「任意加入を周知したい」と願っているから、ぼくが望むPTAではポイント制はきっと有効に機能しない。また、いったんポイント制に慣れてしまったら、それこそ「任意加入こそ不公平!」というようなイビツな感覚が定着してしまうのではないかと心配でならない。

 にもかかわらず、「役員や委員が決まりやすくなるならいいのかも」と思う瞬間も確実にある。そして「加入は自由であることをしっかり周知した上でのポイント制」というのはあり得ないのだろうかと考えたりもする。

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 役員選びについて語るとつい悲観的になるので、前向きなことも書いておこう。ポイント制に頼らず、会員に最悪の体験をさせることもなく、納得ずくで和やかに進む役員選び、というのは、やり方によっては決して不可能ではないのだから。

 まず、推薦方式の場合。さっきは問題点を先に書いてしまったが、多くの推薦票を集めることは、そもそも名誉なことなのではないだろうか。役員に相応しい資質を皆に認められたということなのだから。運営に成功した推薦委員会は、このあたりで候補者の心理的なケアがうまくできているのかもしれない。ぼくのPTAはこの方式ではないので具体的なことは言えないのだが、ネット検索すればそれなりに実例は見つけられる……。

 一方、話し合い方式は、自分のPTAがこれを採用しており、ぼく自身、息子が一年生の時にはじめて体験したのが役員選考委員会だったのでさんざん考えた。その時のことをしるしておく。

 役員候補決めのためのクラス集会で、まず最初に「絶対に来年の役員にはなれないと、決めている人は挙手願います」と述べ、手を挙げた人をオブザーバーとして話し合いの対象から外した。「来年以降よろしくお願いします」と言うに留め、理由もあえて聞かなかった。それがなんであれ、本人の意志がないのなら仕方ないからだ。

 もし、全員が「しない」と手を挙げたら「すみません、それでも選ばなきゃならいんです」ということになるわけだが、「できる」可能性がある人がかなり残ってくれたので、その中で話を進めることができた。そして、そこから先30分で代表が決まった。その間、したことといえば、小グループに分かれて話し合い、その中で「一番できそうな人」を選んでもらうことくらい。拍子抜けだが、本当にスムーズだった。

 今から考えると何がよかったのかよく分からない。「今年、できない人は理由不問」と最初に述べたことで、ボランティアマインドが高まったと思いたいのだが、そう単純でもあるまい。

 ちなみに、次の年もぼくのクラスでは、簡単に決まったし、その次の年はぼく自身が立候補したから、これも実にすんなりだった。自分のPTAについての思いを述べ(当然、任意加入論者だということも)、こういう奴でもいいなら代表になりますとした上で、晴れて先に進んだ。ぼくは自分が出席したこの手の会議で、1時間以上かかった記憶がない。ある条件と幸運に恵まれれば、こういうこともあり得るのだと強調してよいと思う。

 もっともその「条件」がどんなものなのかよく分からないまま、息子も四年生になって高学年の仲間入りだ。一般論として、高学年になると役員候補や委員が決まりにくくなる。保護者が働きに出る割合が高くなるし、なにより、積極的な人はだいたい一度や二度、何かの役を引き受けてしまった後だ。ここから先、ぼくの周囲でも、選出が難しくなっていく気配は……たしかにある。

著:川端裕人
(婦人公論 2007.7.22 掲載)

PDF版注釈
 この文書は、川端裕人が中央公論新社の「婦人公論」誌上にて、2007年4月より1年間にわたって連載した(文書作成時は連載中)、「みんなのPTAをさがして」をPDF化したものです。多くの人に読んでいただくために、ブログ・リヴァイアさん、日々のわざ にて公開することにしました。このままの形であれば、自由に複製・配布してくださってかまいません。
 なお、このPDF版は、入稿時の原稿を元にして、体裁を整えたものです。誤字脱字などの誤りは、多く残っており、また、細かな点で、雑誌掲載時とは違う部分があることはご承知置きください。
川端裕人
posted by Pさん at 20:58| Comment(21) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
久しぶりに婦人公論を手にしました。「みんなのPTA」に目が釘づけになりました。任意参加団体だったとは!

10月になって、PTA本部役員と各委員の選考がはじまりました。
私は、治療中の為、これまで、簡単に理由を書いて、選考からはずしていただきました。ところが、今年は、事前に「クジになる可能性が高い。本人から理由説明されたほうが皆さん納得できるだろう。」と、連絡をいただきました。私も今後の事を考え、納得して理由を教室で述べました。
でも、その後、「プライベートなことまで公表しなければならないPTA自体おかしいのではないのか。」と、主治医に指摘されました。
確かに今の世の中、プライベートは、学校の中でも慎重です。
私は、逃げていると思われたくない気持ちもありました。そして現状を理解していただく為にあの場に臨んだけれど、途中から涙が出ました。半数は既に今後の選考人数に関してざわついていたからです。
私よりも、家庭の事情や病状など深刻な問題を抱えた人は、今後どんな思いをされるだろう、そして、来年度入学する末っ子の六年間、また、これを繰り返すことになるのだろうか、と後になって考えました。

昨年、子供が不登校になりました。学校に幾度も足を運び、多忙な教師の姿や、学校と保護者とのかかわりの大切さ、を感じました。
そこで今は、私の出来る範囲で、ボランティアに参加しています。
でも、それが、今回裏目に出たのかもしれません。子供同様、親の数も少なくなっている現状が、今年はシビアな状況を生んだのかもしれません。
昨年、不登校児と学校にいたとき、「あなたのような方がもっと、学校と関わって。役員になって。」と、初めて話した役員さんに言われて、唖然としたこともあります。

やりたくない方も当然いるでしょう。苦手な方だっているでしょう。クジでいきなり会長・副会長になれるのでしょうか。たとえ治療中で無くともいまのPTAの役員にはなりたくない、と私も思います。誰の為の何の組織なのか、わからないのです。

せめて、今回のようなことが起こらないよう、お願いだけは今年のうちにしたいと思います。
出来ない人間なりに。



Posted by kero1965 at 2007年11月27日 21:30
keroさん、はじめまして。
管理人です。

実はボクはまだPTA予備軍なので実体験はないのですが、この連載や他のブログでいろいろ読むにつれて、これから先に出会うことになるかもしれない諸々について、かなりビビっています。

だけど、ちょっと救いがあるなと感じるのは、様々な工夫でネガティブな現状を打破した実例を読んだり聞いたりしたときです。
つい最近読んだ、こんな記事とか。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20060422ur02.htm
(文末の「関連情報」も興味深い記事でした)

役員選びとか、その他諸々の制度的な面で、いろいろと課題があるのでしょうが、むしろ「変われない」という点に大きな問題があるのでは、と考えています。歴史のある組織だから、きっとガチガチに固まっちゃっているんでしょうね。

「変われる」ようになれば、もう少しヤワラカイ組織になれれば、きっといろいろな工夫の仕方があるのではないっでしょうか。
「ガチガチ」を解きほぐすためにまず必要なのは、場合によってはタブー視されてきたPTAに対するネガティブな感情を、皆がkeroさんのようにきちんと表明していくこと、なのかもしれません。
この連載は、そのキッカケのひとつ、になるのではないかと思っています。
Posted by Pさん at 2007年11月30日 13:08
kero1965さま、

初めまして、とまてと申します。
 私も治療中にうっかり役員を引き受けてしまって往生したため、教頭先生に「個人情報の保護」を盾に直談判しまして(笑)。次の年から病気その他の特殊な事情の有る方は先生があらかじめ避けておいて下さるようになりました。

「公立の先生には地方公務員法で守秘義務が有る」ということと。
「今は、住所電話番号でさえ極力出さないようにしているのに、それよりももっと大事な個人情報がないがしろにされている」ということ。

この二点を強調されると良いと思います。どうぞご自愛下さいませ。
Posted by とまて at 2007年11月30日 19:44
管理人さま、とまてさま、

メッセージありがとうございます。

その後、事務局長でもある、教頭先生に事の次第を話しました。来年以降、同じ事を繰り返さない為です。
(病がありつつ、公表できずにひたすらクジからはずれることを祈っていた方がいました。)


スムーズに決まったと、連絡を受けていた教頭先生は、次回のPTA会議で、話をしましょう、と言ってくださいました。
でも、その後は不明。
PTAのお便りには、何も書かれていませんでした。

これからも、みんなのPTAを楽しみにしています。
とまてさん、本当にありがとうございました。

Posted by kero1965 at 2007年12月30日 12:45
 管理人のPさん、こんにちは。みんなのPTAをこんな形で読めて、自分の意見を発表できることは、たいへん嬉しいことです。ありがとうございます。

 私は、hagurezaruと申します。某仏教系私立幼稚園の年中と、小学2年生の子どもがいます。私の体験した「役員選び」をぜひ一人でも多くの人に知って欲しいと思い、コメントします。

 私は、現在幼稚園のPTA役員です。役職名は書記。このPTAには、四役といわれる本部役員と、クラス役員がいます。この四役を決める時のことです。
 前年の四役選びは、なかなか決まらず、大変だったそうです。そこで、前年度の四役は「役員選び」をスムーズにするためにいろんな手をうちました。
 各クラスで四役になってほしい人に投票を行い、上位6名による話し合いで2名の四役を選出し、もうひとつのクラスから選出された2名の4名で、会長以下の役職を決めるというものでした。
これ自体は、何の問題もないものです。私のところに、前会長から「四役の候補に選ばれたので、話し合いに来て下さい。欠席しても、話し合いによって四役が決まらなければ、くじになります。」との連絡を受けました。
 話し合いの日、上の娘が嘔吐下痢症で学校を休むことになりました。近くに娘をみてくれる人はいません。くじで決められるのは嫌だったので、娘を置いて話し合いに出席しました。
 6名のはずの候補者は5名しかいませんでした。そのうち2名は未就園児のいる保護者でした。あとの3名は、下の子がいるという理由でこれまで役員を断ってきました。私たちにはとても、二人に役員を、と言えませんでした。そこで、私たち三人で、クラス役員と四役を引き受けようということになりました。私は、他の候補者に、自分が仕事をしていること。今のPTAは四役の仕事が多すぎるので、できる限り減らす方向やっていきたいと考えていること。それでもよければ、役員をやると言いました。
 四役を私が引き受けたのは、一人が自営業で、年度の変わる4月が大変忙しいという事情があったからです。その後の四名での話し合いで、会長をやることになりました。決めると同時に、大慌てで家に帰ったことは言うまでもありません。

 それから、数日後に、四役の引き継ぎがありました。そこで、四役のやるべき仕事を聞いて唖然としました。意図的に隠していたとしか思えない仕事(実際クラス役員も知らなかった)が出てきたのです。それは、PTA役員がやるべき仕事とはとても思えない仕事で、前役員もそのことに対する認識はありました。私が、できない、やる必要はないと言えば、「会長を引き受けた以上は仕方ない」「私たちだって、やってきた」と言うばかり。面と向かって言われる分にはまだよかったのですが、後ろに回ってあれこれやられたのにはまいりました。それを書いていくことは、話が長くなるので、ここではやめておきます。

 私は自分が正しいと思うことをやろうとしました。PTAについて調べ、考え、カワバタさんのブログに出会い、PTAの問題にきちんと取り組んでいる人たちと意見を交換することができて、大変嬉しかったです。しかし、改革するということは、今までやってきたことを否定することなので、私に対する風当たりはきついものでした。逆風の中で会長としてやれることをやっていた私は、とうとうストレスでおかしくなってしまいました。あ、やばい、と思った私は、PTAを通じて親しくなった精神科の看護師をしている友人にSOSを出しました。
 医師の診断は「心因反応」。会長をやることで発症したのだから、会長をやめればなおる、という診断書を見せて会長をやめ、体調の許す範囲で四役をやることになりました。実質は、ほとんど病気を理由に活動をしませんでしたが・・・。

 私の体験した「役員選び」はババ抜きでした。前四役はババを引かせることしか考えていなかった。もともと四役のなり手がいない、というのは大きな問題でした。それは、四役の負担が大きかったからです。それを何とかするのではなく、隠しておいて、うまくババを引かせる。引いた後は、逃げられないようありとあらゆるプレッシャーをかける。事前に仕事の内容を確認しなかったのが悪いと開き直る。
 次の四役選びが来ます。私は、どうすべきか、考えています。私のような人がこれ以上出ないようにしたい。私は、自分がイラクからの帰還兵のように思えます。私はPTAの実体を知らなかった。知っていれば、役員を引き受けなかった。私は、PTAの実体を知らせたいけれど、誰にどうやって知らせればいい?
 私は、今の多くのPTAは沈みかけの船だと思います。誰も乗りたくないけど、(なぜか)乗らざるを得ない。乗った人は必死で水を掻き出すことに汲々としていて、その船そのものを修理するところまで手が回らない。
 カワバタさんのブログには、いくつかうまくいっているPTAが紹介されています。私は、このPTAだったら喜んで参加するけどなあとか、これはちょっと私の考え方とは違うから距離をとりたいなあなどと考えます。PTAは、できる限り魅力的なもの、みんなに役立つものにするよう努力すべきで、その上でその会に参加できる人だけがやればいいと私は考えます。

 
Posted by hagurezaru at 2008年01月05日 11:46
すみません。自分の名前を間違ってしまいました。カワバタさんのブログには、「はぐれ猿」で過去に意見を述べています。もし、ここで書けなかったあれこれに興味をお持ちの方は、どうぞ読んでください。

Posted by はぐれ猿 at 2008年01月05日 14:14
 私の場合、あと3ヶ月もすれば子供の義務教育期間が過ぎるので、これからできることと言えば卒業式の日にでも、『みんなのPTAを探して』のコピーを、本部や職員室に配ることくらいかなぁ…って感じです。本に纏まる日が来たら若い保護者の方々に差し上げたいですし。 

 PTAについてブログのコメント欄に書き込める内容よりももっとディープに、或いは長く文書を書かれた場合、もしよろしければ、私のサイトで閲覧者の寄稿という形でUPすることもできますし、PTA関連込みで自分のブログを作ってみたいけれど技術的に不安と思われる方がいらっしゃったらお手伝いさせていただきますので、よろしかったらリンク先のメールフォームからご連絡くくださいませ。
 母の世代から既に役の押し付け合いが有った事を思うと、娘の世代の為に、できることはしておきたいと思うのです。
Posted by とまて at 2008年01月07日 14:38
管理人です。

keroさん、その後のご報告、ありがとうございました。
はぐれ猿さん、「意見を発表する場」として、がんがん活用してくださいませ。
とまてさん、いろいろとありがとうございます。

ということで、遅まきながら本年もよろしくお願いいたします。
多くの方に読んでいただき、コメント欄も活用していただけると幸いです。

さて、そろそろ次のエントリー…かな?
Posted by Pさん at 2008年01月11日 00:07
来年度(今年の4月から)のPTA役員を引き受けた後で、インターネットでPTA関連の記事を検索していてここを見つけました。「婦人公論」はあいにく読んでいないので、ウェブに掲載されていたことに感謝です。

これまでに、本部を1度、委員会を1度経験している父親です。この連載でPTAが任意参加だったことに気がついて驚いた、というか、「誰も言ってないじゃん、そんな大事なこと!」って感じです。

役員の引き受け手がいないのはこちらも同じで、小学校での経験者の人などは毎年のように依頼されて毎年のように断っているという話も聞きます。自分は一度様子をのぞいてみるのもいいかな、ぐらいの気持ちで引き受けてみたのですが。。連載記事を拝見するといろいろありそうだなあ、とちょっと心配。

公立の中学校のPTAなのであまり自由度がないとは思いますが、それでも変えられる範囲で変えていかないと本当に必要なことができなくなるのでは、と危惧しています。任期は一年ですし、予算はすでに決定済みなので、やること自体は決まっているようなものですが。
Posted by cryptwell at 2008年01月17日 23:39
管理人です。

cryptwellさん、コメントありがとうございます。

『誰も言ってないじゃん、そんな大事なこと!』

なるほど、やはりそういう状況は多いのでしょうね。
ぜひ、周囲の方にもこのサイトを教えてあげてください。(携帯でも、そこそこ「読める」はずです。)

皆が「気付いて驚いた」その先に、何があるのか。
寝た子を起こせば、PTAという制度の崩壊に向かうのではという懸念もあるようですが。ちなみに、ボクは割りとそのあたりは楽観視しています。

本家・川端さんのブログでも、過去にPTAに関する興味深いやりとりがコメント欄でされています。お時間がありましたら、そちらもぜひ。
http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/

では、今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by Pさん at 2008年01月19日 18:25
こんにちは・・いや〜驚きました。
PTA活動についてこんなにも色々なコメントがあったとは・・!
 
 私は最初に学級学年委員(専門委員)を受け、翌年には本会(他の学校では本部と呼ばれますね)の幹事を1年、次の年から本会・副会長を2年務めています。

本年度途中には、PTA会長が辞任された為、実質的にはPTA規約に基づき会長代行もやってます。
 私共の学校も12月に推薦委員が発足し、来年度の本会役員探し〜の真っ最中です。以前は選挙管理委員会をいうものがあり、12月になると、来年度、役員をやりたい方・・・?というものを募っていましたが、過去25年間、1度も「立候補」が出る事も無く、それなのに「選挙管理委員会」成る物を立ち上げなければならない現状に違和感を感じ、私が副会長になった年に廃止しました・・。勿論、PTA会員の中には反対の意見も出ました・・。が、どの学校もそうであるように、「役員選出」は深刻なものです。

 「PTA役員・・って必要?」  「必要だと思います。」

  「じゃあ、誰がやる?」  「私は無理です。」

今は殆んどのご家庭で役員になる母親は働いていらっしゃいます。(私もそうです)母親である子育てと、主婦と、そして仕事と・・それに加えて学校の役員も〜となると負担に感じるのは当然の事です。(私は子ども会も〜!!)
 その他にも色んな事情をお持ちのご家庭も有ります。
そんな人達に少しでも負担を少なく・楽しく役員活動をして頂く為には、本当は各学校のPTA規約から何とかしていかなくては・・と思うこともありますよ。

 後、PTA会員の件ですが、「PTA会員」は任意です!
決して強制ではありません・・。
私の学校では、給食費の未納は有りますが(これも驚き〜)PTA会費の未納はありません。全会員が納得の上で(多分?)会員となり会費を納めていただいてます。

 PTAの運営なんて分からない事だらけ!

   校長先生も一会員のはずなのに・・・?

この組織自体がボランティアであり、気持ちで成り立って要る物だと私は言い続けてきました。
 時には校長先生と直談判をし、
「どうすればより多くの保護者がこっちを向いてくれるのか」と話をした事もあります。

 「学校と地域と保護者が手を取り合って教育を進めて行かなければなりません...!」

決まり文句のようにおっしゃる学校側の言葉と、あまりにもギャップのある現実・・。
そんな学校とのバトルにあきあきし「推薦委員会」からの『来年度の再任の申し出』を断った私・・。

 今までは推薦委員が動くとはいえ、大筋では本会役員の方が後の方を探し、さりげなく引き継ぎをしてきました。私自身も、本年度は「一緒にに頑張ろう!」と集まって下さった方と活動をしてきました。そうでもしないと、やはり本会役員は、

「ハイ、あなたくじで決まったからお願いね!」
      ではあまりにも負担が大きすぎるのです。

 ああ〜来年度の本会役員選出・・大変の事になりそうです。どうなることやら???


Posted by y at 2008年01月22日 11:35
管理人です。

yさん、臨場感あふれるコメントをありがとうございます。
yさんに限らず、寄せられるコメントのほとんどが、本当に密度の濃い内容で、PTAの孕んでいる問題の深刻さを実感します。

婦人公論の連載も残すところあと数回ですが、今後ともどうぞよろしくお願いします。
Posted by Pさん at 2008年01月28日 22:49
 下の子の入学児童保護者説明会がありました。
 入学のしおりの中に、学校納入金の内容説明がありました。既にPTA会費が含まれていて、入学前に自動振り替えの手続きをするようになっています。
 『任意加入団体』の扱いではありませんね。
 PTA会長の挨拶もありましたが、役員になることのお勧めだけで、詳細は総会でということで去っていかれたので・・・。
 学校も役員自身も加入は当然と思っているのですね。
 四月のPTA総会の時に『任意加入団体ですよね』などど、発言したら、その場はきっと凍るだろうなと思いました。(まして、クジを引けない人間ですから)
 全国PTA協議会のようなPTAの大元のような組織・教育委員会などは、公立校のPTAをどのような組織と考えているのでしょうか。
 PTAは、情報交換として外部との接触は必要だと思うのですが、それが役員の負担感につながっているのが問題だと思います。時間がとられるばかりでなく、一般の会員にはその具体的な内容が伝わってこないだけに不安をあおる原因にもなっているのです。学校行事を円滑に行なう為のボランティアなら、募れば一般の保護者も集まります。子供や先生の顔が見えるからです。
 今のPTAは、不可解な存在です。
 学校や会員からの疑問や問題を共有し解決を探るのが、PTAの本来の役割ではないでしょうか。
 でも、それを言えない私って・・・
 
Posted by kero1965 at 2008年02月14日 23:52
自分の考えたことを言いやすい環境かどうか?というのが大きいと思うのです。皆が挙手して活発に意見を述べ合っているところなら、ハードルは低いですが、皆が黙ってシーンとしている所だと普通の人には難しいのではないかと。そして、意見を言い難い環境が態と作られている場合も、実は在ると私は実感しております。外部との接触の前にPTA会員が安心して参加できるPTAを作る努力をしないのは変だと思います。例えば『PTAの良い点・悪い点を書いてください』なんていうアンケートを配られた記憶はありません。公立小・中学校のPTA会員暦、8年10ヶ月になりますが。
 “任意加盟団体”のことを会員全体の前で言うのが大変だったら、ご家族や心安いお友達にお話してみることから始められたらいかがでしょう?利害関係が絡まない、他校の子供の親でもいいですし、親になってない方にでも良いと思います。その事実を知っている人が一人でも増えたら心強いです。
Posted by とまて at 2008年02月17日 22:25
kero さん、コメントありがとうございます。
とまてさん、いつも至らない管理人のフォローをしていただいている気がします。ありがとうございます。

ボクは現在、今年度立ち上げた保育園の保護者会の初の新年度を迎えるための準備を進めているところです。
そこでときどき感じます。仕組みをゼロから作っていこうとすると、フツーに、この連載等で知ったPTAの「悪いとされている部分・しくみ」に近づいてしまう可能性があること。
逆に言えば、皆さんもわかっていらっしゃると思いますが、批判されている現在のPTAの仕組みも、あくまでも善意の積み重ねから出来上がっているんですよね。

だからかこそ…の変革の難しさ、について。
なんか、よくわかりませんね。

それはそれとして、連載本編の方も残すことあと数回となりました。川端さんが、どのように最後を締めくくられるのか皆で待ちましょう。
Posted by Pさん at 2008年02月19日 04:57
Pさんこそ、このサイトの管理、知力・気力・体力を使われていらっしゃるのだろうなぁと、いつも感謝申し上げております。私のコメントは出しゃばりになると嫌だなぁと、悩みつつ書き込ませていただいております。

 ところで、『PTAの仕組みも、あくまでも善意の積み重ねから出来上がっている』のくだりで、私、♪ちょっと待って、プレイバック、プレイバック…という状態になってしまいました。
 他人に共感する義務なんて誰にも無いことを承知しつつ、甘えたことを書かせていただくことを予めお詫び申し上げます。

 PTAトラブルに巻き込まれた事のある人間としては、共感してもらえる人がとても少ないことが苦しみに拍車をかけることを痛感しているのです。常識では在り得ないことを、主に2人か3人くらいの時に言われます。曰く、『運営委員会のメンバーだけど、書記や会計は意見を言う立場には無いのだから、会長のサポート以外は意見があっても黙っていなさい』『PTA委員なんて誰でも(病人でも、ハードな仕事をしている人でも?)できるのよ』『本部の意思決定は、PTA全体の意思決定』『PTAはボランティアです。ボランティアだから約束は守らなくても良いのです』。思わずPTAの常識は世間の非常識と言いたくなります。オフィシャルな場面では流石にそこまで酷い発言はありませんから、殆どの人は知らない→共感のし様も無い→極少人数の被害者以外にとっては“そこそこ楽しい組織”、あるいは“ちょっと面倒だけれど大したことは無い組織”としてそのまま継続していく…。という、切ない状況になっています。
 また、“手伝わせるところだけ手伝わせておきながら、文句は言わせない、というやりかたを「PTA対策」と称して、校長同士で情報交換して”(第15回より)いたりもする訳ですよね?

『“善意の積み重ね”とは言えないPTAも日本の何処かに在るのかもしれない』という認識を持つ方が増えるといいなぁと私は考えます。逆に、『任意加入団体を前面に打ち出していたり、個人を大切に考えているPTAも有るらしいなぁ』と、カワバタさんやPさんの文章を読んで、私も勉強になっております。
Posted by とまて at 2008年02月21日 14:08
とまてさん、コメントいただき、いろいろ考えているのですが、うまくまとまりません。

ただひとつ、一連の話でいつも引っかかるのは、問題はPTAという組織にあるのか、それともそれを構成する個人固有のものなのか、という点です。

ボクには、上記のとまてさんの事例に限って言えば、問題の所在は個人の資質にあるように思えてしまいます。
その背景に、PTAという(悪い?)組織、仕組みがあるからだ、と言えるかもしれませんが。

ただ、『“善意の積み重ね”とは言えないPTAも日本の何処かに在るのかもしれない』とは言われても、まさか「子ども達から搾取してやろう」とか「子ども達の環境を悪くしてやろう」「安全なんかどうでもいい」などという類の「悪意」はそこには存在しないのではないでしょうか。
そういう意味では、やはり素朴な意味で「善意」が積み重ねられている、のだと思います。

だからこそ、変革も難しい、わけですが。
Posted by Pさん at 2008年02月28日 22:32
お心の篭ったレス、ありがとうございます。

 私も、初期の頃は個人の資質の問題と感じておりました。『こんなメンバーで固まっているところに、一人で放り込まれて、私はなんて運が悪いのだろう』と(笑)。ですが《この状況が再発されない為の道》を考えているうちに、どうしても、どうしても、“自分の気に入らない意見をブロックしたいと思えば、してしまえるシステム”は絶対的に宜しく無いだろうと考えるようになりました。

 『自分の思い通りにしたいという気持ちから、他人の発言権を阻止する』という行為を“善意”と解釈するには無理が有ると思います。“悪意”とまでは申しません。一所懸命で立派な一面を持っていらっしゃる方も多い。でも“純粋な善意”以外のものも長い年月のうちに積み重ねられているように感じられてしまうのです。都会と田舎ではまた、事情が違うだろうとも思います。ここから先は…義務教育PTAを卒業してからゆっくり考えを纏めてみたいです。
 知りたくない世界を体験してしまって、悲しいのは私自身です。
Posted by とまて at 2008年02月29日 17:31
とまてさん、この一連の話、ずっと心にひっかかっていながら、うまく消化できなくてコメントも中途半端なままですみません。

先ほど、ネットで見かけたのですが、こんな言葉があるそうです。

『地獄への道は善意で舗装されている』

思わず、「あぁっ!」と言ってしまいそうになりました。やはり「善意」は曲者です…。
なんとなく、自分自身も現在、地獄への道を舗装している最中のようにも思われます。

検索すれば、いろいろ引っかかってきますが、例えばこんなところを読んでみてください。

教えて!Goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1258321

はてな キーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B9%F6%A4%D8%A4%CE%C6%BB%A4%CF%C1%B1%B0%D5%A4%C7%CA%DE%C1%F5%A4%B5%A4%EC%A4%C6%A4%A4%A4%EB

今後、PTAがらみのネガティブな話題を読むたびに、この言葉が脳裏をよぎりそうです。
Posted by Pさん at 2008年05月13日 00:32
 いつもネガティブで済みません(涙)。それなのに、暖かいレスをありがとうございます。
私も、自サイトの2008/4/27の日記で善意について考えてみたのですが、難しいけれど今のところ次の二点に論点が行き着いています。

1.善意って、先ず(○○の為に良かれと思ってという)ベクトルが有るものなのかなと。そしてPTAの場合、そのベクトルは『子供たち』や『学校』に向けられているものであって、保護者には向けられていないのかな?と言うのが一点。

2.そして、そのベクトルの先に有るものにすら良い結果がもたらされない危険性も有るよね?というのが一点。

 『地獄への道は善意で舗装されている』は、多分私が考えた二番目の論点に近いのだろうと思います。
 で、改めまして、『規約のレベルではPTAの仕組みは善意でできている』と思います。感情的に反応してしまってお恥ずかしいです。
 運用レベルでは間違えることもあり、だから常に民主的な議論ができることと、流動的・可塑的な組織であることを意識し続けることが大切なのかな?と思いました。

Pさんにご紹介したいことが有るのですが、もしよろしければ、メールアドレスいただけないでしょうか?
Posted by とまて at 2008年05月15日 14:09
とまてさん、毎度どうもです。

まあ、前記のように色々と問題はあるけれど、それでも「善意」そのものはその価値が認められるべきだし、尊ぶべきものだと思っています。
自分の中に多少なりとも存在している、「善意」も大事にしたい。

ただ、「善意」を笠に着るようなことに陥らないようには気をつけなくてはいけませんね。(ともすれば、そうなり勝ちなので。恐らくは誰しも。)

アドレス、別途連絡いたしますね。
では。
Posted by Pさん at 2008年05月16日 22:38
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