川端裕人さんの「みんなのPTAを探して」(「婦人公論」連載:2007/4〜2008/3)のバックナンバーを「ブログ版」として公開しています。(著者公認)
 はじめていらっしゃった方は、まずは著者本人の「ごあいさつ」をお読みください。
管理人:Pさん
 

2008年02月13日

第17回 見習うべき先駆者たちの活動を紹介!


本家関連エントリー
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 募るのではなく、「やりたい人」が集結するのを待つ――。
 その姿勢が、PTA活動を身の丈に合ったものに留めているのではないか。


■ 原点に戻って


 新設の学校でゼロからPTAを作るとすると、どんなものになるだろう。いきなり大々的に始めるのも負担だから、まずは最低限、学級代表を選ぶことだ。そして、学級代表が集まって運営委員会を開く。歴史の古いPTAが発展させてきた、各種委員会、係などの業務については、とりあえずは気にしないで、必要が生じた時に人員を募ればいい。

 これは、ありうるひとつの理論的考察だが、同様の発想で最小構成のPTAを立ち上げた新設小学校が東京の江戸川区にあって、その成り立ちが近隣の小学校PTAにも注目されるようになった。仕事を持つ母親が多い昨今、煩雑になった組織ではPTA運営は立ち行かない。贅肉をそぎ落とした「原点」に戻るべきではないか、と。そして、平成17年度、学年委員会以外のすべての委員会を廃して「ボランティア制度」を導入する小学校PTAが現れた。江戸川区立松江小学校。生徒数は600人あまり。開校131年目で、親子3代どころか4代目の通学も珍しくない超伝統校だ。

■ やってみなければ始まらない


 「改革といっても、最初から完全なものができるはずありません。1年やってみてダメなら元に戻しましょう、やってみなければ始まらないんだからといって、とにかく進めさせてもらったわけです」

 松江小PTA八武崎秀紀会長は笑いながら言う。なんとも肩の力の抜けた語り口。PTAの弱点のひとつは「トライアル・アンド・エラーを許さない体質」だと思っているので、こういう大らかさこそ必要なのだとのっけから意を強くする。

 そして、肝心のボランティア制度

 「学級代表はクラスから1名出てもらい、運営委員会にも参加してもらう。そのうえで、他の業務は必要が生じた時に集まるボランティアに任せます。業務を細分化し、これならできるという人に登録してもらうのです。委員会だと、出席できないだけで悪いことでもした気分になりがちですが、ボランティアなら行ける時に行けばいいとはっきりしますから」

 これも強く同意。委員会活動に、発熱した子どもを家に置いて出てきたり、まだ感染能力のあるインフルエンザ回復期の子どもを連れてきてしまったり、自分の子やほかの子らをリスクに晒す本末転倒な事例すら事欠かない。「出席しないと何を言われるか……」という不安ばかり先立つのが常だから、ボランティアを制度的に保証する意味は大きいのだ。

 見せていただいた組織図では、登録制ボランティアとして、広報、印刷、安全(不特定多数の人が来校する行事で校内巡回)、交通(登校班旗振り当番表を作成)、IT(パソコンでのポスター作成など)、研修担当(校内外での研修・講習会に参加)などが挙げられていた。普通「委員会」として想像するものより、さらに業務を細分化して負担の少ないものにしようとする意図が感じられる。

 もっとも、ボランティアである以上、希望者が一人もいなかったら、その業務はなしということになる。広報ボランティアがいなければ、広報誌は出ない。そのあたり、腹を括ってしまったところが、この改革の凄みだろう。

 「でもね、ゼロにはならないんですよ」と八武崎会長。「やっぱり声を掛けてお願いすると、中心になってやってくれる人はいます。1年目、保護者の1割くらいはボランティアに登録してくれました」。

 これを多いと見るか、少ないと見るか。ぼくは「結構、いいじゃない」と思う。とはいえ、意欲のある人とない人が完全に分離してしまうのはまずかろうということで、2年目から「ボランティア制度」にマイナーチェンジが加えられた。
 

■ 全員に参加の機会を


 「ボランティアとは言えないじゃないかと指摘されるのですが……クラス担当ボランティアというのを取り入れました。1年から6年まで学年を組で縦割りにして、それぞれに、年3回ある行事のお手伝いを割り振るんです。さらに学期リーダー制も導入しました。各クラスで1学期班、2学期班、3学期班というのをつくって、茶話会など学級PTA活動をします。委員会をなくして余裕ができた予算を使います」

 まずはクラス担当ボランティア。具体的にいうと、各学年の1組が「運動会」、2組が「ふるさとまつり」、3組が「歓送迎会・新年会」といった具合に、学校行事のお手伝いを担当する。

 そして、学期リーダー制は、クラスの保護者全員が、学期ごとに3つのグループに分かれて、1学期は茶話会、2学期はレクリエーション、3学期はお別れ会、といったふうに、子どもをまじえた学級PTA活動を繰り広げる。

 八武崎会長も言うとおり、これらは2つとも字義どおりの意味のボランティアではない。あくまで「自発的」であることにこだわるなら「後退」なのだが、むしろ、評判はいいという。大きな負担ではないし、「なかなか重い腰を上げられなかったのに、背中を押してもらえた」「PTA活動に無理なくかかわれて、むしろほっとした」という意見があるそうだ。また先生側にしても、学級の年間方針を伝える年度初めの保護者会の出席が増えて(各学期の班分けやリーダーも決めるため)好評だという。

 こういった松江小PTAの様子は、区内でも話題になっており、今年度、江戸川区では2校のPTAが松江小と似たボランティア制度を立ち上げた。また、来年度以降、いくつかの小学校PTAが追従するべく動き出しているという。PTAがいつしか忘れてしまった「自発精神」を少しでも取り戻す動きとして注目だ。
 

■ 有志のサークルで活動


 横浜市立すみれが丘小学校PTAは、広報誌が数々の賞を受賞していることで、知る人ぞ知る存在だ。けれど、ぼくの耳には、むしろ、PTAサークルの活動が盛んな、無理なく楽しい「噂のPTA」として、聞こえてきた。松江小PTAとの共通点は、委員会が「ほぼ」ないこと。10年前、生徒数・家庭数が減って委員のなり手が少なくなった時期に、思い切って広報委員会、成人委員会、保健委員会、環境委員会を廃止し、学年委員会と校外委員会だけにしてしまったのだという。その後もうまくいっている秘密はなにか。すみれが丘小におじゃまして、新旧役員が揃った豪華メンバーにお話を伺った。

 PTA活動があらかた「更地」になった後で就任した当時の会長、前田治子さんは、「PTAサークルをたくさんつくって、会員相互の関係が円滑になるようにしよう」と考えた。「もともと規約の中にPTAサークルの規定があったんです。5人集まれば校内で活動できることになっています。陶芸、テニス、ヨガといった趣味のサークルだけでなく、広報誌を出したい有志のサークルもできました」。

 この広報サークル「すみれニュース」では、良い意味での価値観の転換が起こった。広報誌とは「委員会があるから出さなければならないのではなく、伝えたいことがあるから出す」ということがはっきり意識されるようになったのだ。PTAの日々の活動について丁寧に掘り起こす特集をしたり、会員の声をアンケートで集めて「家庭学習」「子どもとメディアのかかわり方」などについて考えてみたり、下手な教育雑誌よりずっと突っ込んだ本音に迫る内容だ。全国コンクールで賞をとるのも納得できる。広報のようなクリエイティヴな業務は、やはり自主的な集まりでこそ花開くのだと確信する。

 また、読み聞かせサークル「すみれっ子ひろば」は、放課後に子どもを集めて読み聞かせをするところから始めて、今では低学年の8クラスに年3回ずつ、計24コマ、国語の授業として読み聞かせをするまでになっている。PTA会員のサークル活動が「授業」に組み込まれることの凄みは、きっと「現場」を知っている人ならわかるはず。ここに来てぼくは、連載11回目でご登場いただいた岸裕司さんの秋津コミュニティを思い出した。
 

■ 月10時間以内で活動!


 話はやがて自然と現在のPTA活動に移る。お話は、元会長の前田さんから、現会長の苗村庸子さんら現役役員さんにバトンタッチ。ちなみに「元」と「現」の間には10年の隔たりがある。それでも、サークル活動がPTAの原動力になっている印象は変わらない。広報サークルや「すみれっ子ひろば」の存在もあるし、それ以上に現役役員の何人かは、会長も含めて「サークル出身」か「現役サークル員」なのだ。日常的に学校に来るうちに、会員同士(時には先生とも)交流が深まり、学校の様子もPTAの仕事も見えてくる。ごく自然にPTA活動への意識も高くなるのではないか、というのがぼくの仮説。

 また、PTA役員の負荷が少ないのも事実のようだ。「もしも役員全員が暢気にバス旅行に出かけて、不幸な事故にあったとしても、PTAは何の問題もなく続く」と苗村会長が冗談で言うほど、2つの委員会(学年と校外)や、サークルや、クラスのお手伝い活動は自律的だという。役員はうまく時間を使って、月々10時間以内の拘束時間で業務をこなせているそうだ。ぼくが今年度の4月、慣れないこともあって40時間もPTAで働いてしまったこと(自宅でのデスクワーク含まず)、PTAで心身の健康を崩す人が実際にいることなどを話題にすると、一様に「目が点」になっていた。「そんなのありえない!」と。ここまで来ると、もう文化が違うとしか言えない。

 でも、やはりその文化の背景にサークル活動があるような気がしてならない。歴代の校長はサークル活動に協力的だったし、役員も常に推奨してきた。ぼくの手元にある広報誌には、「サークル活動は保護者や地域の方との交流を深め、生涯学習の場として子どもに負けずに自分を成長させることができます。『英会話』『おやじの会』『ビーズ』『手話』『お掃除』など、やりたいことがありましたら役員までご連絡を。5人集まればPTAサークル活動ができます」と呼びかけるコラムがあり、「子どもだけでなく自分も育つ」ことをアピールしている。

 「おやじの会」など、会長や校長の鶴の一声で結成できそうな気がするし、実際多くのところがそうしている。「お掃除」も必要ならクラスから係やお手伝いとして募ってもよい。でも、それをしないで、「やりたい人」が集結するのを待っている。その姿勢が、PTA活動を身の丈に合ったものに留めているのではないか。また、たとえ趣味のサークルであっても、学校に来る人が増えれば、それだけ保護者・学校・PTAの距離が縮まるであろうことは、さっきも述べたとおり。

■ 「自主」を実現するために


 本当になごやかで心温まる対話を終えた帰り際に、すみれが丘小の副校長先生から「すみれ教育ボランティア協議会」という冊子を手渡された。帰りの電車の中で読みながら、これまたとんでもないものだと気づいた。学習ボランティア(授業の補助)、授業ボランティア(自習クラスの見守り)といった、学校主導の授業参画制度が昨年度から始まっており、前者は150名、後者は50名もの参加があったのだという。生徒数550人ほどの中規模校だから、たぶん世帯数は400あまり。その中で、これだけの保護者が学校からの呼びかけに応えるのは「普通」のことではないとぼくは思う。背景には、やはり……いわずもがなだけれど、この10年間で培われたに違いない、保護者の自発精神の文化があるのだと信じる。

 さらに最近、松江小PTAの八武崎会長からも、地域(Community)とPTAが協働する「PTCA」の企画書を送っていただいた。地域とPTAのかかわりは、学校を間に挟むことが多いのだが、ここではPTAが主導する。「ボランティア制度」の自発精神に支えられているからこそできる取り組みだと感じる。

 ぼくがPTAの病根だと思っている「自動加入」を改めるだけでは、一部の例を除いて、なかなか事態が改善しないのは前回みたとおり。運営方法、組織そのものにさまざまな工夫をして、初めて本来の「自主」への道が開けるのだと実感する。むろん、紹介した両PTAにだって不満な会員はいるだろうし、実は両方とも自動加入だという皮肉な事実もある。そんな捻れにもかかわらず、見習うべき先駆者の存在にやはり勇気づけられる。

著:川端裕人
(婦人公論 2007.12.22-1/7 掲載)

PDF版注釈
 この文書は、川端裕人が中央公論新社の「婦人公論」誌上にて、2007年4月より1年間にわたって連載した(文書作成時は連載中)、「みんなのPTAを探して」をPDF化したものです。多くの人に読んでいただくために、ブログ・リヴァイアさん、日々のわざ にて公開することにしました。このままの形であれば、自由に複製・配布してくださってかまいません。
 なお、このPDF版は、入稿時の原稿を元にして、体裁を整えたものです。誤字脱字などの誤りは、多く残っており、また、細かな点で、雑誌掲載時とは違う部分があることはご承知置きください。
川端裕人
posted by Pさん at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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