川端裕人さんの「みんなのPTAを探して」(「婦人公論」連載:2007/4〜2008/3)のバックナンバーを「ブログ版」として公開しています。(著者公認)
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管理人:Pさん
 

2008年04月28日

第20回 保護者の立場で研究者にぶつかってみた


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■ 講演会を聞いて


 政策研究大学院大学の副学長、今野雅裕さんは、日本のPTAを非常に広い視野でみてきた。1990年代に文部省の主任社会教育官を務めたのをきっかけに、全国のPTAのさまざまな事例紹介や、歴史研究などを通して、現場にたえず情報を提供してくださっている。岸裕司さんの「秋津コミュニティ」をいち早く取り上げ「全国区」にしたのも、客観的で資料性の高い『日本PTA50年の歩みと今後の展望』を著したのも今野さんだ。

 今年度、世田谷区の公立小学校の校長、副校長、PTA役員が集う「代表者研修」で、今野さんの講演を聞く機会があった。視野の広さ、前向きな姿勢に感銘を受け、直後、研究室まで押し掛けてお話を伺ってきた。「歴史と現状」ともに詳しい研究者と、実務の中にあって「調べて書く」ぼくが、意見を交わすのは有意義に違いないと、一方的に信じたがゆえ……。

■ ハードだけでなくソフト面でも


――今のPTAは、60年前に始まった頃とは違うし、10年前、15年前とも違います。では、PTAの現代的な意義とは何でしょう。講演では「学校教育を支え・充実させること」と強調なさっていました。それだけを聞くと、かつての学校支援団体的なPTAを連想するのですが。

今野 私の印象では、90年代、「開かれた学校」が言われるようになった時期と重なって、PTAの位置づけも変わったと思います。かつてのPTAは施設・設備とかハードの面を支援してきましたが、そのうえでさらに、学校のソフトの部分にもかかわっていって、要望を出したり、学校の話を聞いたり、必要があれば、自分たちで手をかけて助けたりしなければならないんじゃないかという意見が出てきたのです。支援とはいっても、昔とはかなり印象が変わってきています。
 じっさい全国の事例をみても、バザーをやってお金を集めるとか、何十周年記念の事業を手伝うなどという、学校の下請け的な役割だけでなく、子どものために積極的にかかわるんだ、という活動が出てきた。地域の人が学校のなかで授業にも参画していった秋津コミュニティは、その意味ですばらしい取り組みだったので、あちこちで紹介しました。


――親は親の希望や願いを学校に伝え、学校もそれを理解したうえで教育を計画、実施する。親は学校を理解するようにつとめるし、また、時には批判もする。そして、学校運営に積極的に参画する。これ、この前、お話しいただいたことのメモなんですが。たしかに、こういうことができればよいと思います。

今野 自分の子どもは大切ですから、学校に任せきりにしないで、親としてできることはいろいろやってほしいし、それを素直にやれる場がPTAではないでしょうか。

――と同時に、学校と地域社会をつなぐ架け橋の役割がある、ともおっしゃっていました。たしかに、ぼくなんか、PTAを通じてでないと、地域の絆なんてなかったんですよね。いや、それを言うなら、保護者の間のつながりだって、ほとんどなかったわけですから。

今野 親自身も一人の社会人、地域の大人として、対子ども、対教員、対地域、対社会ということについて、学んだり考えたりできる絶好の場です。楽しみながらいろんなことを勉強して、子どものための活動をしていただけたらと思います。

――PTAは日常的、巨大すぎてわかりにくいけれど、大きなポテンシャルを持っているとおっしゃっていたのは、まさにそういうことだと理解してよいのでしょうか。いったん地縁や子どもの縁が切れてしまった大人の、地に足をつかせてくれるような役割すらある。

今野 ええ、最近では行政のほうもそれを積極的に応援して、いろんなかたちで制度化をしながら、親の力、地域の力を学校に入れるというところまできました。今後はその役割が大きくなっていくし、洗練されるのではないかと期待してるんですけどね。

■ 変わらない課題


――今野さんは、PTAの現状と課題についても、いろいろ調べてくださっています。一部の保護者だけに負担がかかったり、学校の下請け機関的になっているケースがまだまだあったり、形骸化した事業が多かったり、というのはご指摘の通りだと思います。教員の参加が確保しにくく、父親の役割が希薄というのもその通り。もっと基本的なところで、「学校を批判したり注文したり、なんてなかなかできないよね」と、参加者が話しているのを耳にしました。

今野 PTA便りなどを書くと、教頭先生の検閲じゃないけれど、チェックがあって、書き直しさせられるとか……。まだあるようですね。本来PTAは、社会教育団体で、学校を助けるけれど、それ以前に、独立した自由な組織です。でも、学校の先生方からすると、学校のコントロール下にある団体といういままでの古いイメージが、残っているのではないでしょうか。それと、親からしてみれば、子どもがお世話になっている先生だから、そんなにむげに言いたいことも言えないという抑制はありますよね。

――それは、あるみたいです。「人質をとられている」なんて言う人もいるくらいで。

今野 審議会なんかでも、学校というのは教員の独特の文化、世界があって、市民の常識が入らない側面があると言われます。だからPTAも、一般市民の常識の風を学校のなかに送る役割があるなんてことが、ずいぶん話題になります。ですから、言うべきことはどんどん言うべきだと思います。場合によってはきついことや、先生が喜ばないことを言ってあげるのも学校のためだろうと思うんですけどね。

――保護者だけではなく、先生のほうもそういうのに慣れてないかもしれません。

今野 でもね、校長先生に限っては、私がみるかぎり、かなり変わってきましたよ。たぶん、教育委員会の校長に対する評価の仕方も違ってきているんじゃないかな。社会に開かれた学校というか、地域だとか、いろんな方面にうまく対応ができる校長こそ、能力の高い校長だ、という評価基準になってきているのではないでしょうか。

■ 任意加入、どう思いますか?


――今野さんは、PTAのことを「壮大なボランティア団体」だと言います。ぼくは、PTAは任意加入の団体だとはっきり言うべきだと思っているので、我が意を得たりと感じましたが、「ボランティア」というのは、そんな意味も含みますか。

今野 理想的にはみんながPTAのことをちゃんと意識して、やっぱり入るべきだと思って入ってくださって活動するのがよいんです。でも、それは実際にはむずかしいだろうな。
 長いPTAの歴史のなかで、昭和40年代から50年代にかけてPTAが振るわないのは、一律にみんな強制的に参加させるからだという議論もあったんです。嫌々やっている人もたくさんいるし、だからうまくいかない、と。意識のある人だけでやるべきだということで、任意制に変えた学校も当時あったようです。ただ、なかなかうまくいかなかったと思うんですね。変えたがゆえに大きな活動ができるようになったとは、聞こえてきませんでした。理想的にはいいのかもしれないけど、実際問題としてはひじょうにむずかしい。


――全員参加で活動が大きくなると、同時に会員の負担も際限なく増えますから、大きな活動ができないのが悪い、ということではないと思います。実は、今も任意加入のPTAって、結構あるんですよ。近くの区で、7つのPTAからなるブロック(PTA連合体のなかの小さな単位)が、ぜんぶ任意加入だと知った時にはびっくりしました。それでも、ほぼすべて100パーセント加入なんです。

今野 へえ、そうなんですか。

――われわれの社会はとても強い同調圧力が働くので、「皆さん入ってますので」と言われると、たいていの親は入るんです。だから「任意だ」と言っただけでは、PTAは壊れない。「意識がある人だけで再出発」というなら、一度、解散してから始めないと無理でしょう。ぼくはソフトランディング派なので、それは望まない。ただ、逃げ道がない今の状態はいけないんじゃないかと思っています。

今野 なるほど。でも、かりに最初は意識がない人でも、活動するうちに意識も高くなってくることはありませんか。

――もちろん、あります。やってみなければわからない、というのはPTA活動の特徴かもしれない。だから、どんな理由からでも、入ってくれるのは悪いことじゃない、という立場はありうるんです。でも、どうしても嫌な人が入らないことを選べなかったり、抜けられないのはおかしいじゃないですか。保護者が学校教育にかかわることは大事だけれど、そこまで「みんな一緒」を強要してしまうと、もっと大事なものが失われてしまいます。ぼく自身は、今野さんがおっしゃるようなPTAの可能性を信じているので役員をやっています。でも、このままじゃ息苦しくて、つらい人がたくさんいる。逃げ場を確保しつつ、なんとかやりがいをストレートに感じられる活動にしていけないだろうかと思っています。

今野 日P(日本PTA全国協議会)の大会なんかに行っても、ときどきそういう考え方の人とお会いします。意識が高い人のなかでも、やっぱり無理矢理の形ではやらないほうがいいとか、入るか入らないかを個々の会員に突きつけて、選んでもらったうえで活動していきましょう、と。僕もお話を聞いていて、そういうこと自体はいいことかなと思いますね。
 

■ 影にも目を向けて


 お話を伺いにお邪魔したはずが、後半は懐の深さに甘えて、思いの丈をぶつけてしまった。反省することしきりだが、違う立場でPTAをみる者同士の情報交換になった側面は、やはりあったと思うのでよしとする。(勝手な言い草だけど)

 印象深かったのは、ぼくがつけている「ログ」をおみせした時の反応。役員は大変と言われるけれど、どの程度なのか、うまく表現できない。じゃあ、せめて数値化できるものは数値化しようと思い「拘束時間」の記録を取り始めた。(自宅でのデスクワークや、やりたくてやっている「余分な」仕事はカウントせず)

 それによると、年度替わりの4月は、右も左もわからず、文字通り右往左往するうちに40時間を費やしていた。学校やPTA連合体の行事が集中した11月は50時間を超えた。その一方で、一番「楽」ができたのは9月の27時間だ。

 ぼくは決して、役員仲間のなかで一番働いているわけでもないし、区内や隣区の経験者に聞いてみても「だいたいそんなもの」とか「もっと大変だった」と聞く。これって、子育て現役世代の親が「保護者」としての責任をまっとうしたうえでひねり出す時間としては、「ありえない」水準ではないだろうか。子どもにしわ寄せがいくのでは、本末転倒だ。

 などと力説したら、今野さんは「これほどとは……」と絶句しておられた。でも、「これほど」なのです。ぼくが知る限りにおいては。そして、日Pの全国研究大会の分科会テーマが「カタチだけや、嫌々するPTAから卒業しよう」だったことに象徴されるように、この問題はたぶん全国のPTAに、程度の違いこそあれ普遍的なことだ。社会が多くを期待し、活動が活発になればなるほど負担が増していく皮肉。その現実を織り込まないと、上辺だけ立派で、実は保護者が悲鳴を上げているPTAになりかねない。本当に危機感を抱いており、わかっていただきたい一心だった。

 PTAの「光と影」と今野さんはおっしゃった。今日、PTAが活性化のきざしをみせているのだとしても、その背後にはやはり影がある。PTAを「光のネットワーク」と表現した奥田民生は実に鋭い。子どもにかかわる者の善意のみで構成される「光」の団体であるがゆえに、影はよほど目を凝らさないとみえてこない。「現場」の痛みは、口にしていかねばならないと強く思う。

著:川端裕人
(婦人公論 2008.2.22 掲載)

PDF版注釈
 この文書は、川端裕人が中央公論新社の「婦人公論」誌上にて、2007年4月より1年間にわたって連載した(文書作成時は連載中)、「みんなのPTAを探して」をPDF化したものです。多くの人に読んでいただくために、ブログ・リヴァイアさん、日々のわざ にて公開することにしました。このままの形であれば、自由に複製・配布してくださってかまいません。
 なお、このPDF版は、入稿時の原稿を元にして、体裁を整えたものです。誤字脱字などの誤りは、多く残っており、また、細かな点で、雑誌掲載時とは違う部分があることはご承知置きください。
川端裕人
posted by Pさん at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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