川端裕人さんの「みんなのPTAを探して」(「婦人公論」連載:2007/4〜2008/3)のバックナンバーを「ブログ版」として公開しています。(著者公認)
 はじめていらっしゃった方は、まずは著者本人の「ごあいさつ」をお読みください。
管理人:Pさん
 

2007年11月12日

ごあいさつ(川端裕人)

このたび、「婦人公論」誌上で連載中の「みんなのPTAを探して」のバックナンバーを、管理人のPさんの協力を得て、本ブログで公開していくことにいたしました。

私自身のブログではPDF版を提供していますので、こちらのブログ版と「用途」によって使い分けていただければと思っています。

コメント欄やトラックバックは、立ち上げ時の現時点においてはオープンになっています。
書いていただいコメントは、だいたい目を通すことができる予定です。
とはいえ、それらに対してレスをつける余裕があるどうかは分かりません。
その一方で、いただいたコメントを、私自身の著述の中で引用させて頂くことはありえますので、ご承知おきくださいませ。その際には、著作物の通常の引用ルールに従います。

当然ですが、リンクはフリーです(またPDF版も、配布はご自由に)。
少しでも多くの方に読んでいただき、身の回りでの議論のきっかけにしていだだければさいわいです。

なお、婦人公論での連載もまだまだ続きます。今後「佳境」に入りますので、ご興味のある方は、ぜひリアルタイムでの購読を!

川端裕人
posted by カワバタヒロト at 17:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 著者よりお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

第8回 変えたいこと、いっぱいあるんです!


本家関連エントリー
 変えたいこと、いっぱいあるんです (2007.7.21)
 第8回変えたいこと、いっぱいあるんです! (2007.11.7)


 ぼく自身、今のPTAが完璧だと思っているはずもなく、「今のまま」ならやめちまえ! と言いたくなる瞬間すらしょっちゅうある。

■ 魂の叫びを聞いてくれ


 さて、しばらく、我ながらお行儀よく書いてきた。読者からの投書で、「PTAのいい面ばかりではなく、マイナスの面にも目を向けるべき」なんて意見が来るほど。正直、嬉しい。

 ぼく自身、今のPTAが完璧だと思っているはずもなく、「今のまま」ならやめちまえ!と言いたくなる瞬間すらしょっちゅうある。だから、そろそろ一度くらい魂の叫びってやつをやっておかねば。ぼくが今のPTAで、窒息しそうになっていること。今すぐにでも変わってほしい(変えたい)こと、よくわからずもやもやしていること……などなど。

 最初に言っておくけれど、ぼくはそれらがすぐに変わるとも、すべて変えられるとも思っていない。「すぐに、すべて」実現するということは、PTAの本質である多様な価値観を持った人たちとの話し合いをすっ飛ばすことにもなりかねない。もっとも、そこまで心配するのは気が早いか。話し合うためには、まず誰かが意見を述べなければならないわけで、ぼくがその「誰か」になろうとしているのだと理解して頂ければさいわい。

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posted by Pさん at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

第7回  役員選びは一大イベントなのだ!


本家関連エントリー
 役員選びは一大イベントなのだ (2007.7.8)
 第7回、役員選びは一大イベントなのだ (2007.11.1)


 投書を下さった兵庫県のAさんの体験。

 ある日、家に帰ったら電話が鳴って、「小学校の最後の六年生で当たりました」と相手が言う。いったい何が当たったのかと問うと「これまで一度もPTAの役をしていないのでお願いします」。店があるので出られないと主張しても、「もう決まったので学校で言ってほしい」とのこと。学校に行くとすぐに役決めで、広報委員長になってしまった。Aさんは結果的には広報の活動を楽しまれたそうだが、とはいえ最初に電話がかかってきてから役決めに至るまでの経緯にはさぞ驚かされたことだろう。

 あるいは、ぼくがつい何ヶ月か前、息子のフットサル教室で練習を見ている時、背後から耳に飛び込んできた会話。

「選ばれちゃったのよ……書記だって」
「ぎゃー、まじでー、逃げられないわけ? 小さい子、いるのに、ひどくない?」
「それ、理由になんないって」
「でもさ、なんで推薦されちゃったの?」
「そんなの分かんない!」

 それをぼくの隣で一緒に聞き耳を立てていた、お母さん友達(隣区在住)は、はあっと大きなため息をついて、「目立ったら推薦されちゃうから地味にしてきたけど、ポイントが低いんだよねぇ。来年はやばいなあ」とぼやき出した……。

 これらは全部、PTAの役員選出をめぐる諸々のこと。

 役員決めというのは一大イベントであって、役員選考委員会はそれのみに特化した委員会だ。「役員のなり手がなかなかいない」というのは、日本各地のPTAでほぼ普遍的なテーマのようだから、この委員会の役割は重く、また時に困難だ。

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posted by Pさん at 20:58| Comment(21) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月29日

第6回 不審者対策、どうしてますか?


本家関連エントリー
 不審者対策、どうしてますか。 (2007.6.22)
 第6回、不審者対策どうしていますか (2007.10.30)


 懸念するのは、小さい頃から「他人を信じるな」と言われて育った子らがつくる未来の社会はどんなふうだろう、ということ。
 すごく心配だ……。


■ PTAの「イベント屋」


 文化厚生委員会について述べるのに、最初に注釈しておかなければならないのは、「厚生」の部分。戦後の貧しい時期に立ち上がった初期のPTAでは、子どもの生活環境の向上がひとつの大きなテーマだった。「PTAなくして、学校給食なし」とも言われ、多くのPTAに独立した厚生委員会、給食委員会、さらには、保健委員会、衛生委員会といったものが置かれていた。なのに、完全給食が実施された後はいつか活動の中での重要度が落ちてしまったのかもしれない。世田谷区の場合、今では文化厚生委員会として「厚生」の名が残っているのはまだいい方で、ぼくの属するPTAには組織図のどこを見ても「厚生」の文字はない。

 今とりあげるのは「文化厚生」というより、むしろ「文化」委員会。「厚生」系の話は、いずれ機会があったら。

 文化委員会には、異称がたくさんある。文化教養委員会、教養委員会、成人教育委員会、家庭教育委員会……それぞれ力点が微妙に違うかもしれないが、基本的にはやっていることは同じだ。
 ぼく自身、この委員会活動をしたことがあり、それをとても楽しんだ。だから、ああだこうだと言いたいことがたくさんあるのだが、蘊蓄を傾ける紙幅はない。

 あえてひとことで言ってしまえば、文化委員会は「イベント屋」だ。少なくとも、そのように思われているし、それを裏付けるような活動をしている。

 具体的には、講演会やワークショップなど開いて、会員の学習の機会をつくる。教育や子育てをめぐるテーマで講師を招いての講演はごく標準的で、「厚生」の流れを汲む給食試食会も多く行われている。それに加えてミニコンサートや、親子サッカー教室、地元のシニアグループによる「親子竹とんぼ教室」といった、親子コミュニケーションに資するイベントもたくさんある。予算を抑えたければ、会員内で講師を探したり、相互学習をするのも当然アリだ。

 こういったことを文化委員会は、自分たちで企画して、実現する。ずっと会いたかった講師を呼べるかもしれないし、学校や教育をめぐる長年の謎が解明できるかもしれない。会員の学習になったり、PTAの絆が強まったりすることであれば、なんだってできてしまう。

 ね、楽しそうじゃないですか?

 そして、これだけ楽しげな文化委員会こそ、実を言えばPTAの王道だ。つまり、PTAとは、文化委員会なのである。
 などと力説すると、PTAを知る人には驚かれる。一方、知らない人には……どのみち、ちんぷんかんぷんだ。

 でも、PTAの本来の目的を思い出してほしい。「(会員が)お互いに学習しあい、その学習に基づいた活動をいっしょに進め、よい保護者、よい教師になるように努める」、そして「その成果を家庭教育や学校教育に役立てると共に、お互いの協力によって、地域社会の環境づくりや子どもの校外生活の充実のための活動を活発に進める」と世田谷区の「しおり」には書いてあったではないか。

 一般に、PTAとは「子どものため何かをする」団体だと思われている。そして、それは正しい。この「目的」の後半部分がそれに相当する。けれど、前半部がないと後半部は成立しないことが、しばしば忘れられている。「子どものため」で思考停止してしまい、毎年、同じことを繰り返すだけなら、むしろ危険だ。
 だから、文化委員会が大事になる。あえて、PTAとは文化委員会なのだと力説してみるのは、その大事な部分を常に意識させてくれるからだ。

 ただ、最近、気になっていることがある。ぼくが知る範囲内で、その活動が次第に「年に三回の家庭教育学級の開催」といったふうに、「決めごと」になりつつあることだ。

 ちなみに、家庭教育とは学校教育に対する概念で、保護者が家庭で行う教育のことだ。つまり「よい保護者」になるために行うのが、家庭教育学級だ。さっき挙げた活動例はこの枠内にだいたい収まる。ここでは、教師が「よい教師」になるための事業は、PTAにはまったく期待されていない。これも少し寂しい。現在、教員がPTAに積極的に参加するのは難しいのは重々承知の上で、家庭教育の枠を越えて「相互の学習」が実現することはないのかなあ、と考えさせられる。

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posted by Pさん at 21:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月26日

第5回 学級PTAの潜在力を思い出そう


本家関連エントリー
 PTA連載5回目学級PTAのこと (2007.6.7)
 第5回「学級PTAの潜在力を思い出そう」 (2007.10.26)


 枝葉をそぎ落としてエッセンスだけの単純なPTAを考えてみると──、
 それは、学級PTAと役員だけ、あるいは役員すらおかず、学年・学級委員会だけ、という構成になるだろう。学年・学級委員は、PTAの必要欠くべからざる要素であって、個々の会員とPTA全体との直接的なパイプ役だ。


■ 代表的な6つの委員会


 「PTAの謎」解明プロジェクトは続く。今回からは代表的な委員会を見ていく。どんな委員会があるかはPTAによるのだけれど、そこは前回紹介した「PTAのしおり──みんなで学ぶPTA」(世田谷区立小学校PTA連合協議会と教育委員会発行)の組織図例に則る。

 学年・学級委員、広報委員、文化厚生委員、校外委員会、役員選出委員会の6つ。これらは、多くの場合、クラスから一人ずつ選ばれて、規約で定められた仕事にあたる。委員長、副委員長、時には書記、会計といった役職もあって、それぞれ任された範囲で、独立性の高い活動をする。ちなみに、各委員長まで含めて役員とするPTAもあり、その場合は、会長・副会長・書記・会計のいわゆる四役は、本部役員と呼ばれる。
 
 委員会と役員(本部役員)の関係は、単純に上下ではなく、やはり「横」だ。役員は各委員会の活動を統括・調整する立場にあるのだが、単純に役員が管理するわけではなく、別の仕組みがある。委員会について語るには、まずそのあたりに触れておかねばならない。

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posted by Pさん at 23:53| Comment(6) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

第4回 役員はえらいわけじゃない


本家関連エントリー
 役員はえらくない! PTA連載第四回 (2007.5.23)
 第4回役員はえらいわけじゃない (2007.10.20)

 役員は「横の団体」であるPTAを、それこそ横横無尽に移動する。学級PTAに「個々の会員」として参加したり、運営委員会では司会を務めたり、外の団体の前では会長やら副会長やらとして「代表」になったりしつつ、PTAが「個々の会員が主役」であれるよう、風通しよく運営する責任を負っている。

■ 縦じゃなくて横


 PTAってなにをするところ?

 これだけ「有名」なのに、今ひとつ知られていないように思える。自分がやっていることを「未体験」や「無関心」な人に説明しようとしてもギャップが大きすぎて困難を感じることが多い。連載第1回に引用したぼくのブログのコメントにも、「得体の知れないオトナの事情漂う秘密組織」なんてものがあったっけ。

 じゃあ、本当のところなにをするところ? どんな組織なの? といったことを、「未体験」「無関心」だった人でも分かるような水準で解明するのも、本連載の主たる目的のひとつだ。こういう素朴な問いに答えようとすれば、「経験者」や「経験中」の人にも必ず新しい発見がある。ぼく自身「経験中」の身として、勉強しつつ書いている。
 というわけで、今回は「PTA構造篇」。各論に入る前に、組織図などをひっぱりだして、じっくりと眺めてみたい。
 なぜかというと──、それが実に感動的なものだから、だ。「強制加入問題」について文句たらたらなぼくが、ガツンと一発、頭を殴られたような衝撃を受け、「PTAいいじゃん」と思える理由のひとつが、ここに凝縮されている。

 例によって引用もとは、世田谷区の小学校PTA連合協議会と教育委員会が発行している「PTAのしおり――みんなで学ぶPTA」。世田谷区の公立小学校のに配布されるもので、本当によくできた小冊子だ。
 じっと見てほしい。この組織図、おもしろい部分がある。会社やら、多くの組織図との違いにお気づきだろうか。

 ひとことで言うなら、
「縦じゃなくて横」ということだ。

 縦でも横でも、どっちでもいい?

 でも、この図を作成した人は、どうでもよくはなかったらしく、縦にした方があきらかに書きやすそうなのを、少々きゅうくつにしてまで横にしてある。
 これについて、この小冊子ではこう注釈する。

上の組織図を見てもわかるように、PTAの組織や運営の基盤は、会員一人ひとりにあります。

 PTAが徹底して民主的な組織であり、個々の会員が「主役」であることを強調しているのだ。

 左端にいるPTA会員、1年から6年までの各学級代表や各委員会の委員、そして、運営委員会、総会までが横並びになる。なにかと偉そうなイメージのあるPTA会長ら役員は、運営委員会と総会の間にぶら下がっている始末。

 ここまで、会員が相互に平等であることを強調する組織は珍しいのではないだろうか。

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posted by Pさん at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第3回 エキサイティングなPTA史


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 エキサイティングなPTA史 (2007.5.7)
 エキサイティングなPTA史(婦人公論連載PDFその3) (2007.10.16)

 無駄にも思える労力と、無意味に思える熱意を注ぎ込まれて、また、時に空回りさせつつも、PTAは20世紀を生き抜き、今日も続いている。文句たらたらな人がたくさんいる反面、何かを得たり、自ら成長する人もいる。その歴史には、矛盾を原動力にした、人の思いのダイナミックな発露を見いだせる。

■ 大人の学びの場として出発


 歴史は大事だ。一見、非合理、不合理に見えることでも、何十年前の「先輩たち」が、その時その時に真剣に考えた結果であることが多い。だから、今のPTAを素描する前に、歴史の勉強。『日本PTA史』(日本図書センター刊・PTA史研究会編)とウェブでも読める「日本PTA50年の歩み」(日本PTA全国協議会)も参考にしつつ、PTAの歴史についてまとめておく。

 これが、実にエキサイティングなのだ。捻れや矛盾に満ちており、にもかかわらず、ダイナミックに「戦後」から新世紀へ受け渡されてきたものとして、ぼくはある種の畏敬の念を抱かざるを得ない。

 日本でPTAが発足したのは終戦直後だ。とすると、自動的に想像する人もいると思うのだが、背後にはGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)がある。
 1946年、来日した米国教育使節団がまとめた報告書の中で、PTAの必要性が説かれた。いわく、

学校はまた、成人教育を振興するための潜在力であり……両親と教師の会の強化、討議や公開討論会のための校舎開放などは、学校が成人教育に提供しうる援助の2、3の例にしかすぎない。

 ここでは子どものためというよりも、むしろ、大人の学びの場(成人教育)として言及されていることに留意したい。

 さらに、翌47年、極東委員会(連合国の最高決議機関)も同様の指摘をして「父母と先生の会の結成を奨励すべし」と指令を出した。

 これらを受けた当時の文部省は「父母と先生の会委員会」を設置し、「PTA結成の手引き」を公表した。1年後の48年4月には全国の小学校・中学校の7割にPTAがあったというから、凄まじい普及ぶりだ。さらに2年後には9割になり、日本は間違いなく世界屈指の「PTA大国」になった。

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posted by Pさん at 20:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2回 任意加入≠ェ前提ってホント?


本家関連エントリー
 婦人公論のPTA連載第2回、任意加入のこと (2007.4.21)
 任意加入が前提って本当?(婦人公論連載PDF第二弾) (2007.10.15)

 ぼくが強制加入が気にかかるのは、単に間違っているからというわけではなく、それが「不寛容」だからだ。本来、個々人が選択するはずのものがいつのまにか義務だと信じられ、人を追い詰める仕組みの根幹に「強制加入」があるのではないか。

■ 自動的に引き落とされる会費


 保護者として、つまり、会員としてかかわるPTAでの、最初にして最大のカルチャーショックは、強制加入(自動加入)の問題だった。

 PTAは「親と教師の会」であり、同じ志を持った者が集まった自主的団体のはずだ。ところが、参加の意思も問われず、入会届を出すこともないまま、いつの間にか会員になっていた。
 おまけに、給食費のためにつくった口座から会費が自動的に引き落とされる(当時)。口座を作る時の案内にその旨書いてあったのかもしれないが、入会した認識がなかったので目に入らなかった。いずれにしても、暴力的に感じてしまう。

 考えてもみてほしい。この世の中で、なにかの団体に本人の意志とは関係なく所属させられることがどれだけあるだろうか。「結社の自由」など基本的人権にかかわることなので、よほどの理由がないと「強制加入」は認められないはずだ。いや、別にそういう理屈ではなく、とにかく、非常に息苦しいし、胸が痛い。

 胸の痛みについてのささやかな具体例。

 PTAに入ると、日本PTA全国協議会(会員1100万人)にも自動的に属してしまう。この団体は毎年、テレビ番組の「ワースト」(子供に見せたくない番組)を発表する。その中には『クレヨンしんちゃん』が含まれるが、ぼくは「しんちゃん」が好きだ。映画の『モーレツ! 大人帝国』など感涙ものであり、ぜひ子どもと一緒に観たいし、実際に何度も観ている。それをワーストに選ぶ側に、自分で決めたわけでもないのに立たざるを得ない……。
 あまりにも些細だと思われるかもしれないし、実際、適切な例ではないかもしれない。でも、胸が痛くてならない。

 PTAの「先輩」に相談しても、聞いたこともないと首をひねるばかり。そんなこと考える方がおかしいと言われたこともある。これがPTAの壁ってやつか。

 解せないのは、こういう仕組みが、なぜ当たり前のように続いているのかだ。もはや、無関心ではいられない。ただ「強制」であるだけで、何か大事なものを売り渡したような気持にさせられるのだからたまらない。ちゃんと、調べてみるしかない。

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posted by Pさん at 17:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1回 そんなのやらされてるの?


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 PTA連載、はじまります!@婦人公論 (2007.4.7)
 婦人公論連載をPDF化します。 (2007.10.12)


 この連載では、「みんなのPTA」について考えてみたいと思っている。

 ぼくの身の回りにはキャリアとして働いている女性が多いのだけれど、子供が小学校に入った途端に、彼女らがぶち当たる壁はPTAだ。耳を傾ければ不満たらたら、子供の就学を控えた「未体験」の母親の場合は不安にはち切れそうになっていることもある。
 それは時としてその人の人生に強烈なトラウマを残すほど強烈な体験をもたらすらしい。その一方で「心配するよりも参加した方が易し、やって良かった」といったポジティブな体験になることもある。

 両方とも本当のことだ。

 PTAは人が人生の中で出会う最低最悪の組織にも、燦然と光り輝くすばらしいものになり得る。そして、どうでやるなら素晴らしいものに近づきたい。それこそ、「みんなのPTA」と胸を張って言えるようなものに。
 そのためには、PTAという組織がなんのためにできて、今どのようなしくみで動いており、どんな問題を抱えているのか、時間軸を行ったり来たりしつつ、同時に幅広い視野を確保して、議論を進めなければならないだろう。それはおいおい着手する課題。

 けれど、最初の最初に書かなければならないのは、やはり個人史的な部分だ。ぼくがPTAについて語りたいと願う動機、それも現役のPTA活動をしている今、あえて語りたいと願っているのが、その根っこの話。

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posted by Pさん at 16:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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